戦後の形だけの宗教観

よく小さな頃、日本人は、クリスマスはキリスト教で、初詣は神道、お寺のお参りは仏教、だから宗教観がないという事を聞いていました。
小さな頃なんて、本気でなんだそれ、くらいにしか思っていませんでしたけどね。
そもそも、そういうものへ本気で傾倒している日本人って余りいないでしょう。
日本人にも、一応ちゃんとキリスト教や仏教などやっている人は、真剣にお参りしたり、ミサだか何だかやっているのかもしれませんね。

日本の宗教観がなくなったのは、ご存知だと思いますが、戦後GHQ辺りからです。
精神的に危険であるという考えと、西洋的な宗教を取り入れる事によって、危険思想と思われるものを排除したので、古来からあった仏教は、形だけ残る事になりました。
江戸時代は当然、仏教や神道です。今、その名残だけだと思うのは、危険思想から逃れる手段が、激しい宗教の思想を否定する事により、寺と聖職者の生存だけは許されたというのが歴史です。

昔から遡ってみると、そういう歴史背景はしっかりしています。
今、寺で悪事を働いている人達の中に、昭和三十年代からの檀家を引き留めるための、葬式をどう上げるかという事に、塔婆、墓、埋葬、何回忌という事を特に強く押し出しました。それで生き残りをはかったのですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>